■ セルジオコラム南アフリカワールドカップで「日本サッカーのご意見番」の地位の一番手をイビチャ・オシム氏に奪われてしまった感もあるセルジオ越後氏。それでも、セルジオ越後氏のコラムは人気があって、10回に1回くらい本当に同意させられる深い内容のコラムがあるので、氏も毎回、楽しみにしているが、「Jリーグはやっぱり真のプロリーグじゃないなあ」という下りで始まる「浦和サポーターに謝る必要なし」というコラムにはどうも納得はできない。
事の発端は、FC東京との対戦後。浦和レッズのサポーターが「祝!! J2東京ダービー開催!」という横断幕を出したこと。この件で、浦和レッズの社長が謝罪を行ったが、セルジオ氏はこの行動を否定し、「苦笑するしかないね。」と皮肉っている。
■ 洒落っ気スポーツはエンターテイメントの要素も必要とされる。そのため、少々の煽りあいがあっても悪くはないのだが、そこにはユーモアのセンスが必要とされる。もちろん、この横断幕を面白がって見た人もいただろうが、それはごく一部であるはずで、多くの人の感性にはあわないものであった。今回のようにユーモアのセンスがない人が主導に立つと、ユーモアや冗談でなくなってしまう。セルジオ氏は、「洒落っ気のある皮肉だ」と語っているが、洒落っ気や茶目っ気は感じられない。
また、このコラムは、「まったく、言論統制下の社会主義国家じゃないんだから、こういう健全なケンカを大人が止めるべきじゃないね。どんどんやり合って、どんどん発奮してくれたほうが、プロリーグとしての魅力が増して、お客さんも増える。」と締められているが、この種の煽りあいが本当にプロリーグとしての魅力を増す要素なのか?健全な大人のケンカといっていいレベルなのか?疑問に感じるところである。
■ 「Jリーグはこれでいいのでは?」前述のように「Jリーグはやっぱり真のプロリーグじゃないなあ」という下りでコラムはスタートしているが、何でも海外のチームのすることが正しくて、日本的な考えは排除されるべきものなのだろうか?相手チームにブーイングをしないことは否定されるべきものなのだろうか?試合中はともかくとして、試合前や試合後は相手チームの選手やサポーターへの最低限の敬意は必要ではないのか。
すでに伝説の一部となっている2008年のJ1・J2の入替戦。その試合終了の後、カリスマアナウンサーの倉敷アナは、エール交換をしたジュビロ磐田とベガルタ仙台と、Jリーグに対して、次のような発言をしている。煽り合いがなければ「真のプロリーグ」ではないのであれば、Jリーグは「真のプロリーグ」でなくてもかまわないと思う。日本的なよさが失われたスタジアムのどこに魅力があるのだろうか?「ゆるさ」も指摘されるが、この部分というのは世界に誇れるもののはずである。
【セルジオ越後コラム】浦和サポーターに謝る必要なし(サッカージャーナル)
倉敷保雄アナ (2008年12月13日)
「日本のサッカーはいいですね。
ギスギスしたリーグが世界にはあります。
だけど自分たちのJリーグというものは、
これでいいんじゃないかな、と思います。
誰もが来て楽しい、ファミリーで来て楽しい、
子供たちと一緒に来られるJリーグ。
もちろん一戦一戦はタフな真剣勝負だと思うし、
そういうところから世界を目指していくというのが
僕らの国のサッカーだと思いますが、
だけど、Jリーグの中で
片方が勝ち、片方が敗れるということがあったとしても、
全力を尽くして戦った後に心を通わせる光景があるスタジアムを、
いつも期待したいと思います。
今シーズンはサポーター間のトラブルも
課題としてあったと思うんですけど、
最後に僕はここのヤマハスタジアムの
幸せなサポーターと選手の交流を見られて良かったと思います。」倉敷アナ「Jリーグはこれでいいのでは」 (サポティスタ) 関連エントリー0875 2007/12/16
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いつも興味深いコラムを楽しく読ませて頂いております。
サイト内をウロウロしていて、ココに辿り着いた訳ですが、色々と考えさせられました。これは。
悶々としてしまいましたよ(笑)。
この問題の根源っていうのは、他の方も指摘しているように結局のところ個人のパーソナリティの問題であって、「どこまでが許容範囲かというのは人それぞれ」だと思うんですよね。
今回の横断幕は「100%の悪意で成り立ってる訳じゃない。確かに洒落っ気の部分もあるにはある」と私は思いましたよ。ブラックな部分は確かに含んでいるが、ブラックジョークとしては私の中では許容の範囲内。じじさんのいう「煽り合い」の範疇に入っていると思うんですよね、私にとっては。
逆に「この程度なら、クラブの社長が謝罪までするほどの問題じゃないでしょうに…(苦笑)。あのくらいで謝ると、これから先、頭下げっぱなしになっちゃうだろう。」と思ったので、この横断幕に関しての私の感じ方は、どちらかと言えばセルジオの方に近い。
じじさんの文章を見ていていつも感じる事は「本当にフットボールが好きで、暖かい、とても温厚な人なんだろうなぁ」という事で、そういう視点の人にとっては一線を越えているものだったと感じられるという事は十分理解出来ます。
でも、それでもです。
あの横断幕…、東京の選手にとっては「逆に燃える」という側面は少なからずあったと思うんですよ。あれを見て燃えないとしたら、個人的にはそれこそプロ失格だと思うんです。
少なくとも自分が東京のプレイヤーであったとして、あれを見たら「絶対、やり返してやる!」と思いますもの。「試合に勝ってその前に行って『J2のチームがJリーグで一番のお金持ちに勝ってしまいました!』の一言くらい言っちゃうぞ」って思います。
確かに東京サポにしてみたら気持ちの良いものではないのは確かでしょうが、実際の順位を考えたらそういう可能性は高かったのも事実(結果的には事実になってしまった訳ですが…)で、当時の順位的にも否定が出来ないという「弱みにつけ込んだ」というのが洒落っ気が無いと思われた理由なんでしょうね。
でも、もしかしたら東京サポの中にもあれをみて「何くそ!」と思った人もいたかもしれませんし、「俺たちの声援でもっとチームを元気づけなくては…」と思ったかもしれませんよ。
そういう部分も含んでいるので、「ギリギリの所で一線は越えてない」とやはり思うんです。
で、「Jリーグはやっぱり真のプロリーグじゃないなあ」っていうのは、別にそれでプロかどうかは決まるもんでもないだろうと思うので、そこはあくまでセルジオの個人的な感想、それ以上でもそれ以下でもない。
だが、さすがに「どんどんやり合って」とは私も思っていないです。このレベルのやり合いがエスカレートするとまず間違いなく、スタジアムは荒れるでしょうからね。そこはセルジオは無責任だと思う。
セルジオのスタンダードで括られたら、「女性グループや家族連れでも気軽に行ける」という日本のスタジアムの良さは無くなってしまいますし、相手に対する礼を失わないという日本人の世界に誇れるメンタリティも失われてしまいますからね。
長々と書きつつ、明確な事も述べられず申し訳ない次第なんですけど、やっぱりこの横断幕は「人にっよってグレーに感じるかブラックに感じるかのギリギリの一線上」だった、という事なんじゃないでしょうかね。
これが大人の喧嘩、ユーモアだと思う輩が多いこと・・・。相手を蔑んで自己を誇示する。大人のやることかね。
浦和も最終節に降格するチーム相手に、この横断幕を掲げれば許してやるよ。
その瞬間に世界に冠たるJリーグとなるのですからww
本当に情けない連中だな。
セルジオさんは今回ネタのチョイスを間違えたんじゃないですかね。批判のための批判であることがモロに出ちゃってますね。オシムに立場を奪われかけて焦ってんのかな?(笑)
社長が謝罪するというのは過敏な反応だと思うけど、リーグが何か処分を下したわけでもないし、リーグがセルジオに鬼のクビでもとったかのようにバカにされ見下される筋合いはない。
薄々気づいてたけど彼の批判は協会主流に対するクレーマーの私怨としか思えないね。
どうせ「私の予想が外れて良かったねえ」とかいって笑って済ませる程度の覚悟しかないような「批判」なんか誰もまともには相手にしませんよ。「キレ芸」がウリのテレビタレントさん。
今回はセルジオ氏が全面的に正しいと思います。
セルジオの話に答えはない。同意する、しないは個人の感性の問題だ。
なぜならあの横断幕によって、特定個人が誹謗中傷されたわけではないからだ。
敬意といえば便利な言葉だが、その後ろには一切の健全な批判すら否定する、「思想狩り」のにおいがあるからだ。
そこを見透かしてセルジオは皮肉をこめて日本のスポーツ風土が高校野球をはじめとして、「やらせ」だといっているのだ。
つまりしょせんは作為的につくられたイメージをなぞっているだけの「商業的つくりもの」だと。
そこにはスポーツが全く国民の生活に根ざしていないという批判なのだ。
我々の実生活は不平不満の蓄積だ。会社、学校、家庭、どこにでも批判、皮肉が渦巻いている。
それを全て否定できるのか?逆にストレスが暴発するだろう。
そういった実生活の鬱憤を日本人はスポーツに勝手な健全イメージをかぶせることでカタルシスとして利用しているだけだ。
だからこそ、サッカーも生活に浸透しないのだ。
セルジオが言いたいことはここであって、別に外国を真似ようとかそんな低レベルなことではないし、それをネタに狂った「ジャパニズム」のようなナショナリズムを振りかざして、外を否定して引き篭もるとは滑稽でしかない。
別に選手や誰か特定の個人を中傷しているのではない。民主党や自民党を新聞が面白おかしく揶揄したら、読者は快哉の声をあげるくせに、それがスポーツ関係になると目を吊り上げて削除しようとする、これこそ思考の矛盾である。
健全な批判精神がなければ、社会は窒息する。思想を取り締まることこそが「危険思想」であり、表現の自由への侵害でもある。
それが、強烈な皮肉であれ、中傷であれ、その表現方法が暴力ではなく、言論である以上、それを許容する「寛容さ」がなければ、だれも何も言わなくなるだろう。
それこそ物言えぬ「つくりもの社会」でしかない。
なんでもことなかれ主義で規制して、禁止すれば、それで人間の思想もかわるんだ、などと考えるのは歴史的に間違いだということに日本人は気付くべきだ。
失礼します。
貴殿のコラムを拝見し、黙っていられずコメントします。
ひとつだけ、『この横断幕を面白がって見た人もいただろうが、それはごく一部であるはずで、多くの人の感性にはあわないものであった』
これは、貴殿の個人的な感性ではありませんか?それとも統計的な根拠でもおありですか?貴殿と私の感性は全く違うように、様々な感性がありますよね。この文章では「個人的な」という前置きがなく、しかも断定的に締めくくっています。まるで世論がそうであるかのように。
私も貴殿と同じく、日本サッカーを応援しています。そして応援する人全てが大いに自分の意見を言い、主張すべきだと思っていますが、言葉、文章のひとつひとつには十分な注意と配慮が必要だと思います。
失礼しました。
今回の件で、日本サッカーは本当にアマチュア体質なんだと思ったぞ。本当に情けない。
こんなちっさい事で、社長がワザワザ謝るなんて世界的にあり得ない。日本はこれだから、と言うのであればずっとそれでいいんじゃ?
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