■ ラストマッチ2010年5月11日。南アフリカワールドカップの日本代表メンバー23名の発表が行われたその翌日、ドイツ・ブンデスリーガのボルシア・ドルトムントへの完全移籍が発表されたセレッソ大阪のMF香川真司。4年半のC大阪でのプレーを終えて世界に向けて旅立つ21歳のリーグ戦ラストマッチである。
ホームのC大阪はここまでの10試合で3勝4分け3敗。中断前の最後の試合となるヴィッセル神戸戦で勝利することが出来れば、勝ち越してワールドカップを迎えることが出来る。中断明けからMF香川不在、さらにはアウェーでの戦いが続いいていくため、どうしても勝ち点「3」を積み上げておきたい大事な試合である。
対するヴィッセル神戸は11試合で3勝6敗2分け。開幕戦で京都に2対0で勝利したが、その後はFW大久保、MFエジミウソンら怪我人が続出。7節にベガルタ仙台に2対1で勝利したものの、最初の10試合で2勝6敗2分けと降格圏内で低迷。しかし、11節に行われたホームのジュビロ磐田戦に3対0の完勝。DF茂木、FW大久保、MFポポがゴールを挙げて久々の勝利を飾った。南アフリカW杯の日本代表に選ばれたFW大久保は古巣のC大阪と初めての対戦となる。
#1 長居スタジアム
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改修中で2010年8月にリニューアルオープンされる長居球技場は、長居スタジアムのすぐ隣にある。20,500人収容の球技専用スタジアムに生まれ変わる長居球技場の工事は着々と進んでいる。
#2 改修中の長居球技場
■ 両チームのスタメンホームのC大阪は<4-2-3-1>。GKキム・ジンヒョン。DF高橋、茂庭、上本、尾亦。羽田、アマラウ、乾、家長、香川。FW播戸。FWアドリアーノとMFマルチネスが怪我のため欠場。MF乾、MF家長、MF香川の3シャドーで1トップにFW播戸。10節の鹿島アントラーズ戦で決勝ゴールを決めたMFアマラウがMF羽田とダブルボランチを組む。MF清武、MF黒木、FW小松らがベンチ入り。
対する神戸も<4-2-3-1>。GK紀氏。DF北本、河本、宮本、茂木。MF松岡、エジミウソン、ポポ、ボッティ、大久保。FW都倉。FW大久保は左サイドハーフ気味のポジションでMFボッティがトップ下。日韓大会、ドイツ大会の日本代表のDF宮本は3試合連続でスタメン。GK榎本が欠場中のためGKは紀氏。FW吉田、MF朴康造らがベンチに控える。
#3 少年サッカー
■ 食い倒れの街「食い倒れの街・大阪」にしては充実していなかった長居スタジアムのグルメも、フードコートができて、大きく改善された。「佐世保バーガー」、「オムライス」、「ロコモコ丼」、「ホルモン丼」、「ステーキ丼」、「タコ焼き」、「白い鯛焼き」などなど。そんな中で、今回は、「たこやき(明太チーズマヨ)」と「ホルモン丼」を選択。
ちなみに、大阪が「食い倒れの街」であるのに対して、京都は「着倒れの街」、神戸は「履き倒れの街」と言われる。大阪の人は「飲食」で、京都の人は「着物」で、神戸の人は「履物(靴)」でぜいたくをして、財産をつぶしてしまうという傾向があると言われている。
#4 フードコート
■ ロスタイムでの2ゴール試合の序盤はアウェーの神戸が優勢。C大阪がトップ下に入ったMFボッティを捕まえ切れずに苦しむと、前半16分に左サイドバックのDF茂木の中央へクロスに対してDF上本がマークミス。裏のスペースに走ったMFボッティがフリーでヘディングシュートを放つと、最初のシュートはGKキム・ジンヒョンが防ぐが、こぼれ球をMFボッティ自ら押し込んで神戸が先制する。MFボッティは今シーズン初ゴール。神戸が1点を先制する。
前半途中からホームのC大阪がポゼッションし始めて攻め込む。神戸も引き始めてなかなか崩しきれなかったが、前半ロスタイムに2つのゴールが生まれる。まずは前半49分。右サイドをMF家長とのワンツーで抜け出したDF高橋が中央に高精度のクロスを上げると、FW播戸が頭で押し込んで同点に追い付く。FWアドリアーノの怪我でスタメンのチャンスが回ってきたFW播戸が2ゴール目。
さらに、前半51分。MFアマラウが倒されてゴールやや右寄りでフリーキックのチャンスを獲得。そのフリーキックをMF香川が右足で直接決めて逆転に成功する。MF香川は得点ランキングでトップに並ぶ7ゴール目。フリーキックが決まった直後に前半が終了。2対1のC大阪リードで前半を終了する。
後半は、逆転したC大阪がリズムをつかみ続けて押せ押せの展開。ひとまず最後の共演となるMF乾・MF家長・MF香川のトライアングルが何度もチャンスを作って神戸のゴールに迫る。後半7分にはロングボールに対してMF香川が裏のスペースに抜け出してネットを揺らすがハンドの判定でノーゴール。一方の神戸は後半16分にFW都倉に代えてFW吉田を投入。攻撃のリズムを変えようとするが、C大阪のDF茂庭とDF上本が踏ん張って決定機を作らせない。
結局、2対1でC大阪が劇的な勝利。MF香川のラストゲームを勝利で飾った。
#5 試合前の両チームのイレブン
■ ロスタイムの2ゴール前半のロスタイムは「4分」。0対1の状況で前半を折り返すものと誰もが思っていた中で、まさかの2ゴールが生まれて一気に逆転。エースの逆転ゴールで生まれたセレッソの勢いを前にして、後半の神戸は防戦一方となった。
同点ゴールは前半の49分。右サイドバックのDF高橋がMF家長とのワンツーから右サイドを突破する。この試合、C大阪は左サイドでゲームを作ることが多く、再三に渡って右サイドのDF高橋がフリーになっていたがうまく展開出来ずに終わっていたが、前半の最後にDF高橋が素晴らしい突破とクロスを見せてFW播戸のゴールをお膳立てした。神戸の右サイドバックのDF北本もFW播戸をケアしていたが、FW播戸のポジショニングが光った。
そして前半51分。MFアマラウのドリブルからゴール前でフリーキックのチャンスを作るとMF香川が直接フリーキックでゴールを奪った。絵に描いたような鮮やかな逆転ゴールで2対1とリードを奪って前半を折り返したC大阪だったが、もしFW播戸の同点ゴールが生まれずに0対1のままで前半を終えていたら、何かしらのアクションが必要だった。
考えられたのは、それまでの時間に今一つだったFW播戸を代えて長身のFW小松を投入すること、右サイドでチャンスがありながらもクロスまで持って行けていなかったDF高橋に代えてDF酒本を投入すること、左サイドにアグレッシブなDF石神を投入すること、ボールを失うことが多かったMFアマラウに代えてMF黒木を投入することなどなど、FW播戸の同点ゴール、MF香川の逆転ゴールでその必要性が無くなった。
#6 長居スタジアム
■ 粘り強い守備陣C大阪はこれで4勝4分け3敗。勝ち点は「16」となって、暫定で8位となった。昇格1年目で1試合消化が少ない中でのこの成績は申し分ないものである。11試合中でホームゲームが7試合と、日程にも恵まれた感もあるが、序盤の4試合(2敗2分け)での躓きをホームでの強さで取り返した。
もちろん、ホームの7試合で7ゴールを挙げているMF香川が抜けるのは痛いが、躍進を支えているのは攻撃というよりはむしろ守備陣であり、DF高橋、DF茂庭、DF上本、DF尾亦という新しい4バックがJ1レベルのものに仕上がってきていることが大きい。DF尾亦はC大阪に加入して3年目であるが、2009年は怪我の影響もあって2試合に出場したのみ。一新されたディフェンスラインは新顔ばかりの急造ラインであるが、序盤にクルピ監督が我慢してこの4人を使い続けたことがここに来て実りつつある。
高さはそれほどでもないが、DF茂庭とDF上本はスピードがあって1対1に強くてタフな選手である。前方にMF羽田・MFアマラウと人に強いダブルボランチを置いていることも好守備を支えていて、「6枚のブロック+キム・ジンヒョン」の壁を打ち破るのは簡単ではない。
■ 世界一長い「ロスタイム」一方の神戸にとっては、前半ロスタイムにまさかの2失点。これで完全に勢いに乗ったC大阪を相手に挽回することは出来ずに12試合で11ポイントとかなり危うい位置で中断期間を迎えた。
悔やまれるのはやはり前半のロスタイム。それほど時計が止まっていたわけではなかったが、なぜか前半のロスタイムは「4分」という提示。岡田レフェリーが使っていた時計に問題があったのか、岡田レフェリーの精神状態に問題があったのかは分からないが、ともかく「45分+4分」と「45分+6分」という滅多に見られない時間帯にドラマが生まれた。
1点目の失点シーンはともかく、2失点目につながったFW都倉のファールはかなり不用意なものであり、神戸としては試合運びにも課題が残った。
■ 都倉とボッティ神戸はザスパ草津から移籍してきたFW都倉の1トップを採用。2列目にMF大久保、MFポポ、MFボッティを並べる<4-2-3-1>でフォーメーションとしてはC大阪と同じであるが、この試合はFW都倉が前線でボールをキープ出来ずに2列目を上手く活かすことが出来なかった。そのため、FW都倉は後半16分という早い時間に交代。高さの無いC大阪としては危険な選手がピッチから外れたことで終盤の戦いが楽になった。
FW都倉とFW大久保が2トップに入るという試合もあったが、最近は、MFボッティをFW都倉に近い位置に置く布陣を取っていて、11節の磐田戦ではMFボッティが大車輪の活躍を見せた。この日も前半はMFボッティの動きが良くてサイドを上手く使える時間帯もあったが、MFボッティが疲れてきて後半に試合に参加できなくなると、全くボールの落ち着きどころが無くなった。
MFボッティは今シーズンで4年目。柔らかいパスを持つ神戸の中心選手であるが、怪我も多く、やや波も激しい選手である。彼が万全に近い状態であることが前提でチームは作られてるが、肝心なところで頼りにならない部分もある。
■ 不調のダブルボランチ神戸はチームの軸となるべくダブルボランチのMF松岡とMFエジミウソンにパスミスが多く、後半はC大阪のカウンターの餌食となった。C大阪の下部組織出身で古巣対決となったMF松岡は気合が空回りした感じで、MFエジミウソンはいつになく凡ミスが多かった。
MFボッティをトップ下に置いており、MF松岡とMFエジミウソンには確実にMFボッティにパスをつなぐ役割が求められるが、C大阪の前からのプレスが効いていてボランチでボールを失うシーンが多く、奪ったボールを早い攻撃につなげられた。
前半からC大阪の最終ラインに積極的にプレスをかける作戦は成功していて、FW大久保がプレスから決定機をつかむなど悪くはなかったが、中盤のボールロストのミスが試合の流れを譲る要因になったといえる。
■ 右サイドバックの北本神戸はサイドバックも今一つ機能しなかった。
右サイドバックに入るDF北本は、当然、本来は守備の選手であり、2006年のJ2でのシーズンはずっと右サイドバックでプレーしていたが、不慣れな部分は否めない。攻撃参加も数えるほどであり、対面のDF尾亦のオーバーラップを阻止するだけの圧力もかけられなかった。DF石櫃のコンディションが上がっていないことがトラブルの要因であることは間違いないが、センターフォワードにFW都倉を置いているにもかかわらず、サイドからクロスは上がって来なかった。
左サイドバックのDF茂木は11節の磐田戦で先制ゴールを決めるなど攻撃力に持ち味があるが、この日は守備に追われて攻撃で持ち味は発揮できず。DF高橋にサイドの裏を取られるシーンも多く、攻守ともに不本意だった。
■ シンジ 旅立ちの日①ただ、何と言ってもこの試合のハイライトは前半ロスタイムのMF香川のフリーキックでの得点シーンである。一応、ナビスコカップが残っているが、南アフリカ大会の登録メンバーの30人に選ばれており、サポートメンバーとして日本代表に帯同する可能性も高いMF香川にとっては、これがC大阪でのラストゲームとなることが確実。その最後の試合で直接フリーキックを決めて、全てを持って行ってしまった。
不思議なことに、動いているボールを蹴った時のキックの精度は抜群に高く、左右両足で素晴らしいボールを蹴ることができるが、止まっているボールを蹴ることは苦手。セットプレーのキッカーを任されること自体が珍しいことであり、プロに入ってからもフリーキックでの得点はもちろん、惜しいフリーキックでのシュート自体なかったはずであるが、最後の最後で、新しい可能性をセレッソのサポーターに見せて、ドイツに旅立っていくことになった。
#7 ドイツで 世界で 輝け
■ シンジ 旅立ちの日②彼がJリーグにデビューしたのは2007年4月のこと。あれから3年。U-20世界大会、A代表デビュー、北京五輪、A代表でのゴール、そしてJ1昇格と、U-20代表・五輪代表・日本代表・クラブでの試合と、突っ走ってきたMF香川真司が今度はドイツのドルトムントに移籍して、新しい旅を始めることになる。
初めてC大阪でプレーするMF香川を見た時の衝撃は今でも忘れられない。それ以前に、U-19代表として吉田ジャパンでのプレーする姿を見ていたが、18歳という年齢には不釣り合いの落ち着きと自身、並外れたテクニックと運動量・・・。新しいタイプの選手が現れたとワクワクしたのを覚えている。主力だったモリシの怪我、J2で試合数をこなしたこと等々、いくつかの要素も絡んで、いつの間にか日本を代表する選手になっていった。
若い選手は短期間で急激な成長を見せることがある。(もちろん、その急激な成長を見せることなく終わっていく選手がほとんどであるが・・・。)彼の場合は、2007年の秋に1度目、2008年の秋に2度目。2度にわたって短期間で爆発的な成長を見せた。振り返ってみると、1度目の爆発を生み出したのはボランチから攻撃的MFへのコンバートであり、2度目の爆発を生み出したのは北京五輪での苦い経験だった。その2度目の爆発は彼を「チャンスメーカー」から「ゴールゲッター」へ進化させることになった。北京五輪以後のリーグ戦68試合で46ゴールを挙げている。(わずかに1年9ヶ月の期間)
#8 「ホントに楽しみです。」
■ シンジ 旅立ちの日③「モリシの時代」、「シンジの時代」が終わって、C大阪はこの試合の次の日から、新しい時代に入ることになる。類稀な決定力を身に付けてチームを勝利に導き続けたMF香川がいないというのは、非常に痛いことであるが、幸いにしてMF乾、MF家長、MF清武というタレントが残っている。
1トップ向きとはいえないフォワード(FWアドリアーノ、FW播戸、FW小松)をかかえる現状から2トップへの移行も考えられたが、さっそくクルピ監督は後継者としてMF清武を指名し、新しい3シャドーで戦うことの可能性を語っている。チャンスを作るプレーについては、3人共に申し分ないものがありMF香川に負けずとも劣らないものがあるが、結局、ゴールに結び付けられる選手か否かでその評価は変わってくる。
さあ、誰が得点を奪っていくのか?
#9 最後のゴール裏
■ シンジ 旅立ちの日④さて、シャルケ、ケルンら、ブンデスリーガのいくつかのチームが関心を寄せていたことはよく知られていたが、その中でボルシア・ドルトムントを選択。世界有数のサポーターの前で、今度は黄色のユニフォームを着てプレーすることになる。
ドルトムントという強豪チームの中で、彼が彼らしいプレーを見せることが出来るかは、実際にプレーしているところを見てみないと、分からない部分がある。今後、大きな壁にぶち当たることもあるだろう。18歳でデビューしてほどなく主力となったので、チームの絶対的な中心ではない立場からのスタートであり、その部分でうまくやっていけるのかは、不安な部分もある。
しかしながら、壁にぶつかりながらも着実に成長を遂げて来たのがMF香川真司というプレーヤーである。試合終了後に行われた壮行セレモニーには、生まれ故郷である神戸のサポーターも残って旅立ちを見送った。ドイツで、世界で、どんなプレーを見せてくれるだろうか・・・。
いつか、また、長居で・・・。
#10 大きくなってまたセレッソで・・・
<余談>
スタジアムを後にした時、すでに19時半をすぎていて、辺りは真っ暗になっていた。試合終了後に行われたのは、「香川真司の壮行会」と「大久保嘉人の壮行会」。1人はドイツに単身で乗り込んでいって、1人はサポーターの夢を乗せて南アフリカのワールドカップに臨む。
アウェーから駆けつけたヴィッセル神戸のサポーターは試合終了後も席を立つことなく(地元の神戸市出身の)MF香川真司の旅立ちを見送って、ホームのセレッソ大阪のサポーターは(わだかまりも残っていたはずのかつてのヒーロー)FW大久保嘉人の南アフリカワールドカップでの活躍を祈った。
プレースタイルは異なるが、岡田監督の頭の中ではこの二人は左サイドハーフを争うライバル。結果的に、争った1つの枠を勝ち取ったFW大久保嘉人は、かつてのホームスタジアムで、(おそらく、彼のワールドカップにかける強い思いを一番、よく分かっているはずの)かつてのサポーターから懐かしい「オオクボ・ヨシト♪」と続く懐かしいチャントを送られた。一方、目の前で、決勝のフリーキックを決められたヴィッセル神戸のサポーターは、世界に羽ばたいていく地元出身の新しいヒーローを、「シンジ!シンジ!シンジ!」という暖かいコールを見送った。
海外リーグでは、思うようにチームが勝てないとき、サポーターと称することは出来ない暴徒集団がチームのバスを囲んだり、味方に対して強烈なブーイングを浴びせたり、酷いときには何も関係のない相手チームの選手に対して差別的な発言をすることもあるという。もしかしたら、それが世界基準なのかもしれない。もしかしたら、日本のサポーターは「ヌルイ」のかもしれない。が、そういったことは日本的ではない。2つの壮行会を含めて、いつまでも心に残るような「素敵な夜」だった。 #11 世界で輝け! 神戸のヨシト
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